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日常に鳴り響く非常の鐘の音は

無情な警告警報となりえても、非情な未来へと届く事は無いのか。

昨日、世間は連休初日の3月19日土曜日。
東京の空は快晴、とても穏やかな陽射しの中、春の訪れを肌で感じる事ができる程心地の良い温かな天候でした。

いつも通りお昼前に犬を連れて散歩に出ました。
いつも通りご近所さんと挨拶や世間話をしながら。
いつも通りの場所でうんちを拾い。
いつも通り。

ただいつもと一つ大きく違った点がありました。

子供を散歩させているお母さんがいました。
ママに手を引かれながら歩くその子はおそらく3つは数えないくらいの歳だと思います。

先に書いたような天候です、少し動くんであれば半袖でも気持ち良いかな?と思うような天気の下で歩く子供は長袖、長ズボンにニット帽にマスク。

目しかでてません。

健康に影響があるとかないとか、原子力賛成反対の是非が今ここで問いたいわけではありません。

ただ現実として、日常としてもうすでに母親が子供を育てるのにそういった不安を抱えながら育児をしなければならないという事実が、ここ東京ですらあるのです。

昨日、初めて足が震えました。
『わんわん、わんわん』と近寄り手を伸ばす子供にいつも通り笑顔で相手をすることは僕にはできませんでした。

ここは震災、津波、原発、そしてこれから複雑に絡み合った解決の糸口の見えない問題を抱える被災地でも現地でも現場でもありません。
TVも平時に戻り、電気も通り、電車も走り、何ら不自由不便無く普段の暮らしに戻っている東京です。

ただいつも通り日常の風景が、異常な変化を繰り返す数日の中で、以前とはまったく異質な日常になったような気がします。

IAEAが東京には影響がないと見解を発表しました。
安堵している人も多いでしょう。
多種多様なメディア、情報、それらは材料でしかなく、取捨選択と判断、それに伴う行動は各々個々で、その材料で何を組み立てるかは人によって違います。

これからの日常で何を考えて、何をするのか、
今日の晩ご飯や、明日の仕事を考える日常の中で、

ほんの少しでも。

何か。

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by locario | 2011-03-21 00:47